vol.17 声の問題 その2 [2001/06/03]

声の問題、その2。
実際の例をあげてみます。

おいらは「風を継ぐ者」で桃山鳩斎というお医者さんをやりました。その中で、自分の診療所にやってきた土方歳三と対面する場面があります。稽古当初、おいらは土方への怒りを表そうとして、どんどん大きな声になっていきました。頭にくるから声が大きくなる、というのは自分にとって自然なことに思えたのです。

ところが何度も稽古をしているうちに、声の大きさでで強い感情を表現するのには限界があると気付いたのです。つまり、「しまいにゃ声が嗄れるぜ」ということです。…当たり前ですね。声帯は金属ではありませんから、過剰な音を出し続けていれば、いつかは壊れてしまいます。

そこで、美しい声を維持したまま「怒りの感情」をアップしようと思ったのです。「声は抑えて、自分の気持ちに集中」をしたのです。すると、今まで思いもつかなかった気持ちを感じることができたのです。しかも、やるたびに違う気持ちが出てきました。

これは大きな声を出さないことで、それまで麻痺していた感覚が呼び覚まされたのではないでしょうか。

こんな訓練があります。

何も考えないで、1分間じっと立っているのです。やってみると分かりますが、なかなか無心にはなれません。「考えない考えない」と思っていると、考えない状態を考えたりするからです。つまり、人間は常に感情を持っているし、その感情はずっと動いているということです。ところが、この感情はいろんなことに影響されます。大きな騒音、いやな臭い、肉体的痛み…。

そう、過剰に大きな声というのは感情にとって邪魔なものなのです。

大きな声を使わないで「強い怒り」を表現しようとすると、「言い方」を工夫するようになるのです。人が言葉に悪意を込めようとする時、聞きようによっては失礼ではないような微妙な言い回しを使います。「おい、どういう意味だよ!!」と言われたら、「あなたの考えすぎでしょ」と答えられる言い回しです。でも、そこには明らかな悪意があるのです

日常ですら使っている高度な演技が舞台でできないとしたら、そこには何か邪魔するものがあると思っていいでしょう。

それが、おいらにとっては大きな声だったのです。何かを捨てることで得られるものがあるということですね。

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