vol.13 台詞と感情 [11/11]

人間の感情は複雑です。一口に喜怒哀楽と呼んだりしますが、喜んだり悲しんだりするのだって無数の表現があります。

おいらは今、加藤健一さんと一緒に舞台に立っていますが、加藤さんの顔を見ていると、演技なのか素なのか分からなくなることが度々あります。例えばカトさんがイヤそうな顔をすると、本当に嫌われているように感じます。カトさんが笑っていると、つられて本当に笑いそうになってしまいます。

今、「本当に笑いそうに」と書きました。つまりおいらには、演技をしている自分と、それを冷静に判断している自分とが共存しています。ところがカトさんの場合、その境界線がとても曖昧な気がするのです。

ここからは、おいらの推論です。カトさんの中にも演技とそうでない自分と二つあるのだと思います。ところが、カトさんは演技をすることに何の負担も感じない、つまり非常に楽な状態で舞台に立つことができるので、その瞬間に感じた気持ちをただストレートに出すだけで信じられる演技になるのです。これは難しいようでそうではないことなのかもしれません。

役者にとって、第一の関所は「意識」です。お客さんに見られているという意識、失敗しないように気を使う意識…そういった自分の内部との葛藤があります。第二の関所は「台詞」です。いくら日常と同じようにしていればいいと言われても、役者は決まった台詞を正確にしゃべらなければなりません。実は、これがとても大きなポイントなのです。

台詞には、その中になんらかの感情が含まれています。作家はそこに命を注いで入るのですから、ところが役者は、その台詞を自分の頭で理解したあるひとつの感情として捕えてしまうことが多いのです。先程、感情は複雑で無限だと書きました。なのに台詞をしゃべる時にだけ、それとは反することをするのはおかしくないでしょうか?

そうです。台詞にも無限の感情が込められるのです。もっと大胆に言ってしまえば、台詞はどんな気持ちでしゃべっても構わないのです。ただし、前以て用意していないということが前提になってきますが。

以上のことを一言で言うとしたら…

台詞にしゃべらされるな。
自分の気持ちを台詞に乗せてしゃべれ。
そのために必要な作業は、しゃべり方を固めずに台詞を繰り返すことです。

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